新米パパの育児留学

未経験からエンジニアへの転職体験談など "リアル" な情報を発信

未経験からWebエンジニアへ転職した私(30代)のリアルな話5 ”エンジニア入社からの1年”

私は今、実務未経験からwebエンジニア(Ruby)に転職して1年と1ヶ月が経っている。(2019/1現在)

実務未経験からwebエンジニアになるまでには、いろんなことを考え、調べ、やってみて、やっぱり考え直してと紆余曲折を経てきた。

エンジニアになったその後についても、リアルな体験談を紹介していく。

今回は、エンジニアデビューから1年後までの体験談を紹介する。

この記事は「201711月~2018年12月の体験談」である。

30代未経験からIT / Webエンジニアへのリアルな転職体験談5 ”エンジニアデビューから1年後まで”career_change_episode_5

GEEKLYのIT・WEB・ソーシャルゲーム業界への転職支援サービス

エンジニアへのリアルな転職体験談シリーズの過去のエピソード

基本的には、今回の記事だけでも得られるものはあるような形で書いているつもりだが、最初からエピソードを読みたい方はこちら

体験談1 : エンジニアを目指すきっかけから求人応募までの体験談はこちら

未経験からWebエンジニアへ転職した私(30代)のリアルな話1 ”エンジニアを目指し求人応募へ” - 新米パパの育児留学

体験談2 : 緊張の面接から内定までの体験談はこちら

未経験からWebエンジニアへ転職した私(30代)のリアルな話2 ”面接から内定へ” - 新米パパの育児留学

体験談3 : 入社から事実上の解雇までの体験談はこちら

未経験からWebエンジニアへ転職した私(30代)のリアルな話3 ”入社から解雇へ” - 新米パパの育児留学

体験談4 : 二回目の転職活動から入社までの体験談はこちら

未経験からWebエンジニアへ転職した私(30代)のリアルな話4 ”退職から再び転職へ” - 新米パパの育児留学

入社

前回のエピソードでは、苦労した末に、なんとかエンジニアとして入社することができるようになったというところまで書いた。

すごくワクワクする気持ちと、本当にエンジニアとしてやっていけるのかという不安、それに前職の転職失敗経験があるから会社との相性はどうかといろいろ不安があった。

入社してみると、幸い、人にはかなり恵まれた。

どんな人たちかというのは後続の働き方の相談のエピソードでよくわかると思う。

さて、エンジニアとしての業務はどうかというと、分からないことだらけ、知らないことだらけで毎日知恵熱が出そうになるほど本当に大変だった。

分からない言葉だらけで、業務にもなかなか入っていけない。

いっぱい質問したり、調べたりしながら少しずつ、スキルや業務知識を身に付けていった。

おかげで最初の3ヶ月くらいはかなり成長できたと思う。

エンジニアになって3ヶ月間の振り返りはこちら。

webエンジニアに転職して、3ヶ月が経ったので振り返ってみた(30代未経験から) - 新米パパの育児留学

引越し

1年ほど前、上京してきてすぐは、会社に近い23区に住んでいたが、生活環境が合わず、半年ほどで千葉県へ引っ越ししている。

その後、上記の会社へ転職した。

千葉県の今のところに入居してまだ半年も経っていない。

1歳半の息子がいる状態での引っ越しは、物件探しも、引っ越し準備もかなり大変だ。

それなのに、何故またわざわざ引っ越すのか。

それは、息子の保育園のためだ。

話は昨年に遡る。

当初は、息子と一緒にいたいという気持ちもあるので、自分たちだけで子育てすることも考えていた。

しかし、仕事をしながら自分たちだけで子育てをするのは現実的にはかなり難しい。

そこで息子を保育園へ通わせる方向で考えた。

妻と話をして、保育園を選ぶ基準は、「そこなら是非息子を通わせたい」と思えるレベルのところにしようと決めた。

昨年、東京23区や千葉県の現在住んでいるところで探してみたが、東京での保育園探し(いわゆる保活)は簡単ではない。

妻が自営業の時点で認可保育園に入るのはほぼ絶望的。

それに、見学に行って説明を聞いてもどこの保育園も是非通わせたいと思えるところがなかった。

どの子供に対しても、スケジュールや教育も一律。

その方が管理しやすいからだろう。

でもそれって、管理する側の都合であって、子供たちのためではない。

これって、日本の学校教育と同じじゃないか。

みんな揃って同じ動きをする。はみ出ようものなら叩かれる。

保育園の現場で、日本社会の縮図を見た。

今回通う保育園は、意外なところから見つかった。

結構前に、TEDでたまたま下記の動画を見つけた。

www.ted.com

すごく魅力的で、ハッとさせられるものがあった。

妻も建築にも興味があったので、昨年夏、上記動画で紹介されている幼稚園の見学に行った。

現場を見て、園長の話を聞いて、「こんな環境で育ってほしい!ってか、俺が行きたい!」って思った。

でもここは幼稚園で、保育園ではない。

副園長と話をしていて、幼稚園だけではなく、保育園でもモンテッソーリ教育を取り入れていることを知った。

興味深く話を聞いていると、良かったら今から見学に行きますか?と提案いただいた。

「是非お願いします!」と答えると、急遽幼稚園の先生で昨年までそこの保育園で働いていた方が案内してくれることに。(距離離れているし、アポなしだったのに、ありがたい)

その保育園は、モンテッソーリ教育を取り入れており、認証保育園ながらキレイな園庭を備えている。

しかも、ロッジ風の園舎など、自然の雰囲気を感じられる。

見学の際も、先生方の対応が素晴らしく、「ここの保育園に通わせたい!ってか。俺が行きたい!(またか)」と思った。

その場で申し込みをした。人気の保育園らしいし、人口も多いので入れるとは思っていなかった。

年始に、入園できることが決まったので、入園するために引越しを決めた。

今の職場からは遠くなり、通勤も1時間半近くかかるが、迷いはない。

ということで、話が長くなったが、こういう経緯で引越しをすることに。

引越しすると決まれば、そこからはバタバタ。

物件探しに車を2時間走らせて何度も現地へ。

1歳半の息子を見ながらでは、引越し準備も全く進まない。。。

なんとか、ドタバタの中、引越しは完了。

息子が保育園入園

第一子なので、当然保育園は初めて。

準備物の多さに驚きながら、準備に奮闘。

私は仕事に出ていたので、実質妻がほとんど対応してくれた。ありがとう。

4月、息子も遂に保育園デビュー!

最初は慣らし保育で短時間からスタート。

送って行って先生に息子を託す時も、ギャン泣き。

ご飯も食べない。昼寝もできない。

そりゃそうだよね、人生初めての集団生活だもんね。しかも、転居してきたばかりで生活にも慣れてないし。

1週間後、息子が急に高熱を発症し、病院へ。

1週間の疲れが出たようだ。1日ゆっくり休んだらある程度回復した。

次の週も、高熱発症、更に次の週も。。。

そして、GW前の4月後半、息子が体調不良でダウンし、看病していた妻もダウン、更にその看病をしていた私もダウン。

完全に一家全滅状態。

息子は回復しつつあるけど、ママもパパもダウンしていて遊んでくれなくてずっとグズっている。

あぁ、、、こんなことなら保育園に行かせないほうが良かったんじゃないのか。。。

数日休んでも、妻も私もなかなか回復の目処が立たない。

ご飯も食べれてないし、息子も遊び不足でストレスが溜まっている。

これは緊急事態と思い、急遽、徳島の私の両親へSOS。

翌日のフライトで文字通り飛んできてくれた。ありがたい。

自分たちだけでなんとかしないといけないという気負いから解放され、ホッとした。

おかげでなんとか体調は回復した。

妻の自己開示

妻は今の場所に引っ越してきてから、ずっとカウンセリングに通っていた。

新しい環境に移ってきて、息子も保育園に行きだしていろんなことが起き、生活で大きな変化が続いた。

息子はどんどん活発になってきて、保育園が終わった後は、ママと遊びたいという気持ちが強くなり、家の中だけでは発散できないので毎日近くのモールへ連れて行って一緒に遊ぶことに。

妻は、いろんな変化によるストレスと、息子からの遊びたいリクエストに応え続けてくれていたので、心身共にかなり疲弊してしまっていた。

次第に、夫婦関係も悪化し、「離婚」や「死にたい」という言葉も頻繁に出るようになった。

私も、その状況に疲弊していた。

夫婦で心療内科へ通ってカウンセリングを受けることにした。

自分と向き合うきっかけとはなったが、それで全てが解決するわけではない。

妻は、苦しい状況ではあったが、なんとか状況を打開しようとしていた。

そんな中、調べていてある人のブログに出会い、妻が急遽セミナーに参加した。

そこで、勇気を持って質問した際に言われた一言に妻は衝撃を受けた。

「なんで、死にたいと思ったらダメなの?」

妻はショックが大きすぎて、ずっと頭から離れなかったそうだ。

その人、曰く、自分の腹の声に従うことだと言われた。

かなり噛み砕いていうと、「自分は本当はどうしたいの?」と問いかけて、その声に従うことだと。

スピリチュアルな感じになって説明難しいので詳細は割愛するが、大事なのは、それに従った結果どうなったか。

そこについて、書いていく。

妻から私に告げられた一言。

「私は、あなたと一緒に子育てがしたい」

その言葉の意味することは、「今の状況で平日私だけで息子を見るのは無理!助けて!」だ。

今までは、「主人はできる限りのことをやってくれてるし、仕事も応援したいし、周りのみんなもそうだと言われるし、私がワガママなだけなのかな」と気持ちを押し殺していた。

しかし、勇気を持って発したその言葉がいろんなことを動かしていく。

リモートワークを始める

先ほどの、「私は、あなたと一緒に子育てがしたい」と告げられて、私は少し考えた。

妻は、勇気を持って、腹の声を伝えてくれた。

じゃあ、自分はどうなんだ?

今までは、「精一杯やってる」という気持ちが強かった。

でもそれって、"今の状況の中でできる範囲の中で"精一杯やってるってことだ。

じゃあ、ゼロベースで考えたら?

「俺ももっと一緒に子育てしたい!」

妻の大変な状況をなんとか救いたいという気持ちもあるが、"自分は"どうしたいかを考えると、

「平日の夕方、息子と遊べるようにしたい」という気持ちが出てきた。

リモートワークができれば、それを実現できそうだ。

ただ、今の会社にはリモートワークの制度がないし、前例がない。

もともと制度があれば苦労はしないし既にそうしていた。

じゃあ、どうしよう。

決めた。

今の会社にリモートワークの打診をしてみる。無理ならリモートワークできる会社に転職する。

そう決めたと、妻に伝えた。

結果はどうなるかわからないが、そうやって動き出した私を見て優しい表情で言った。「ありがとう」

会社の上司にその旨を相談したら、驚いて戸惑っていたが、何とかしよう!と必死になって実現に向けて動いていただいた。ありがたすぎる。

皆さんのおかげで、特例的にリモートワークを実現することができた。それも、相談してから2週間後には開始できた。

働き方改革が謳われる今、環境が整っている会社が素晴らしいのはもちろんだが、「現時点で環境が整っていなくても、変化に対応し、理解を示せる会社も素晴らしい」と思えた。

不思議なことに、私がリモートワークを開始してから間もなく、本部長クラスの方が介護のためにリモートワークを、ある他のエンジニアも育児のためにリモートワークを開始した。

リモートワークをしたい方、必要だった方は既にいたんだ。

なんでこれまでだれも言い出さなかったのだろうか?たまたま最初が私だったのだろうか?

真意は明らかではないが、この辺りも"自己開示"がいかに難しいかを物語っているのではないかと感じる。

リモートワーク開始までの詳細や感じたことは下記の記事を参照。

リモートワーク始めたら、”いまの会社に私と息子は支えられている”と妻が言った - 新米パパの育児留学

私の自己開示

先ほど、妻の自己開示がもたらした結果について書いた。

その一連の流れで、妻は自分の才能について考え出した。

妻の気づきは下記の記事がわかりやすい。

人の才能について、今朝きづいたこと|aya|note

二人で、自分の才能について話し合う機会も増え、自分の才能についても考えだした。

私は、実務1年で次のステップとして、リモートワークができるようにステップアップしていきたいと思っていた。

今の会社では想定より早くリモートワークができるようになり、仕事でも評価を得れるようになってきた。

息子も保育園で毎日楽しく成長できるようにもなってきた。

ホワイトな素晴らしい会社に恵まれ、家庭としても少しずつ安定してきつつある。

恵まれた環境を維持するのか?それとも更に高いステージを目指して、現状を抜け出すか?私たちは後者を選んだ。

今までは目の前の問題を解決することで、betterな選択肢をとることができたけど、今よりbetterな選択って何なんだろう?

育児の優先順位を高く持ち、ライフスタイルとワークスタイルにこだわる私達は、単に年収をあげることだけがbetterにはなりえない。

今まだ活かせていない、自分の才能。これを発掘することだけが、現状を打開できる。

才能を発掘していくには、自分が本当に心の底から好きなことをやっていくしかない。

そこで弊害となってくるのが、得意なことだ。

得意なことは、人から評価されるので、一見自分が好きなことだと勘違いしやすい。

得意なことばかりに目を向けている以上、自分が本当に心の底から好きなことには向き合えない。

特に私は、人に評価されるとすごく嬉しいと思うタイプだ。

人に評価されたり喜ばれたりすることであれば、自分が実は本当はやりたくないことだったとしてもそれに気付けない。

得意なことと、好きなことを切り分けていく必要があるが、なかなかすぐには難しい。

妻と話していて、逆のアプローチとして、自分が嫌いなこと、辛かったことにしっかり向き合うことが大切だと感じた。

私は、カッコよく、スマートに見せようとするところがある。

失敗やカッコ悪い部分を人に見せるのが嫌いだ。

認められたい、評価されたいという気持ちが強いんだろうな。

未経験からエンジニアへ転職して下記の記事がたくさんの方から反響をいただいていて非常に嬉しい。

全くの未経験からIT/Webエンジニアに転職した私(30代)のロードマップ - 新米パパの育児留学

もちろん、この記事は事実のみを記載しており、嘘は書いていない。

しかし、上京してスタートアップへ転職内定した時点で記事を書いていたので一部重要な部分が抜けていた。

それは、上京してスタートアップへ転職した後の"暗黒時代"について触れていないのだ。

でも、そのことについて書いていなかった。書けなかったのだ。

自分が辛かったこと、失敗したことに向き合えていなかった。

だから、"暗黒時代"については、あえて触れてこなかった。

でも、それじゃ、それ以上前へは進めないと思った。

妻の自己開示の姿勢を見て、私もそうやって道を切り開きたいと思った。

でも、本当にそんな風になるのだろうかと半信半疑。

転職活動のリアル体験談

私の自己開示をするには、"暗黒時代"を含めた転職活動のリアル体験談をブログに書こうと決めた。

それは、"自分と向き合うため"だ。

言うのは簡単だが、これにはかなり葛藤があった。すごく怖かったが、勇気をもって書いた。

当時の辛かった出来事を思い出すだけでも苦しくなるし、自分の弱さや甘さを感じて辛くもなる。

書こうとしても、できるだけ思いだしたくないし失敗を認めたくないから蓋をするように当たり障りのない表現で濁してしまっていたりした。

でもそれじゃあ意味がない。

どこでどういう風に言われて、自分がどう感じたのかに徹底的に向き合った。

妻にも全ては話していなかったが、そのことについても書いた。

結果、どうなったか。

少しは自分を受け入れられた気がした。

今までできない自分、ダメな部分を出してこなかったが、初めて心の内側を出したことによって、ロボットのようだった自分に人間の血が通ったような気がした。

また、これらの記事は予想以上に多くの反響をいただいた。リアルで人間味のある内容の方が人には求められるのだ。

この記事を書くことによって、自分がどういう時に辛いと感じたか、嫌なことは何か、自分にとって大切なものは何かを見つめ直すことができた。

自分の腹の声を大事にしようと思えるきっかけとなった。

IT・WEB・ソーシャルゲーム業界への転職ならGEEKLY

フレックスで朝型スタイルへ変更

先述のとおり、リモートワークをできるようになったが、現状は週に2~3日である。

出社時は、10時~19時で勤務していた。

これは、朝は息子を保育園に送っていくのに都合が良かったのだが、息子も寝る時間がだんだん遅くなってきて、朝起きる時間も遅くなってきた。

そうなると、朝も保育園には送れないし、夕方もお迎えや遊んだりできない。

リモートの日は良いが、出社日は妻に任せっきりになっている。

これは、スタイルを見直す必要があるなと思い、出社時の勤務時間をフレックスで8時~17時勤務へずらすことにした。

会社に相談して、快諾いただき、すぐに朝型スタイルへ変更。朝は6時半には家を出ている。

このあたりの、変化への対応力が少しずつ身に付いてきたかもしれない。

朝型へ切り替えたことで、朝の支度と保育園送り、お迎えは妻に任せて、夕方から夜の遊びやご飯、お風呂は一緒にもしくは私ができるようになった。

副次的に、通勤ラッシュの時間からも少しずらせることができて、通勤のストレスも少し軽減された。(それでもまだ辛いが。。)

海外移住を視野に

自己開示をしていく中で、妻も私も、理想の子育て環境を作るためには現状の日本では限界があると感じた。

自分のやりたいことに夢中になれて、好きなことを伸ばしていけるような環境が良いと思う。

保育園や幼稚園に関しては、今のところ是非行かせたいと思える環境があるが、小学校以降に関しては良いと思える環境が見つかっていない。

まだ出会ってないだけで実は素晴らしい環境があるのかもしれないが、現状、日本には無いので海外にも視野を広げる必要があるなと感じている。

子育て環境だけではなく、自分の仕事の環境としてもそうだ。

日本の中だけの狭い視野で生きるのではなく、世界全体の広い視野で生きていきたい。

そう思って、シリコンバレーと日本の両方でCTOとして活躍の経験がある方の話を聞いてきた。

あるミートアップでは、Rubyのエンジニアだと名乗ったら、「すごいですね!めちゃくちゃ引っ張りだこですね!」とチヤホヤされており、すごく違和感を感じていた直後だったので、世界的にはRuby人気低下説を聞いて、あぁ、この環境にいたらヤバいなと危機感を感じた。

それはほんの一例で、日本はやっぱり情報が遅い。(私が英語でキャッチアップしていないのもある)

そんなことより、海外のエンジニアの方が活き活きしているし、社会的にも価値が高い。

自分は、環境に大きく左右される人間なので、ベースとなる環境を上げていくことが非常に重要だと思った。

海外移住を見据えて、妻も、エンジニアを目指すことになり、ウェブカツ!!でプログラミング学習を始めた。

妻がエンジニアを目指す理由は、主に以下。

  • 海外でも仕事を作れる(価値が高い&日本の仕事をすることも可能)
  • 起業家思考が強いので、自分たちでアイデアを形にしたい

妻は、もともとデザイン寄りのところを身に付けていこうとしていたが、マーケターの強みを活かしてUXに強いフロントエンドエンジニアを目指していく方向で考えている。

私がサーバーサイドメインなので、二人でだいたいカバーできるようにしたい。

フロントエンドエンジニア応募までのロードマップを作成してみた(30代未経験ママ) - 新米パパの育児留学

私は、先ほどの海外のエンジニアの話も含めて、自分の視野がまだまだ狭いなと思った。

そこで、海外の情報にアンテナを張ることと、日本における自分の今の市場価値を知りたいと考えた。

転職ドラフトへ参加してみることを決めた。

転職ドラフトに参加

転職ドラフトは、なんか面白そうと思う一方で、エントリーしたものの指名されなかったら今の自分の価値がないと言われているみたいで怖いなと思った。

これは、感覚的な話だけど、最近の経験から、少し心理的にハードル高いなと感じることに挑戦する度に成長できたり、物事が良い方向へ進むことが多い。

よし、怖いからこそ挑戦してみよう。

参加してみた結果、以下の収穫があった。

  • 最大で年収700万円のオファーをいただいた(実務1年でこの跳ね上がり方はやはりエンジニアの需要は高い)
  • レジュメに活動実績を記載することで、スキルの棚卸ができて、自分に開発力がなくアピールできるポイントがないことを痛感

自分でサービスを作れるようになりたいという想いからエンジニアになっているので、そこの部分は目標に近づけていないことに気付いた。

今後は開発力を身に付けていく必要がある。

転職ドラフト結果の詳細は下記の記事を参照。

転職ドラフトにRuby実務1年の私が参加してみた結果を全公開 - 新米パパの育児留学

Advent Calendar参戦

Qiitaで毎年恒例となっているAdvent Calendarに私の所属している会社も初参加することに。

任意参加で参加者を募っていたので、参加表明。

普通に参加しても面白くないので、自分にプレッシャーをかけるためにもトップバッターを名乗り出た。

初日が一番注目度が高いから多くの方に見てもらえるだろうと読んだ。

予想は的中して、社内外問わず、多くの方に見て頂けたと思う。

ちなみに、2回記事を書いていて、2回目は23日目だったが、やはり、社内的にもみんなの関心は薄れてきていたと思う。少なくとも私はそうだった。

エンジニアとしての1年間の学びや業務としてやってきたことは下記にまとめている。

30代未経験からWEBエンジニアへなった私の1年間の学び - Qiita

まとめ

エンジニアとしてのデビューはドキドキ、ワクワクと不安でいっぱいだった。

最初は、分からないことだらけ、知らないことだらけで毎日知恵熱が出そうになるほど本当に大変だった。

エンジニアの一年間では、引っ越し、息子の保育園デビュー、自己開示、リモートワーク、リアルな転職体験談投稿、転職ドラフト参加など、大きな変化がたくさん起きた。

大きく成長できた一方、更に高みを目指すための次の一歩を模索している最中である。

自分たちの理想を追い求めた挑戦はまだまだ続く。

to be continued.

GEEKLYのIT・WEB・ソーシャルゲーム業界への転職支援サービス

この後によく読まれている記事

mochikichi.hatenablog.com

mochikichi.hatenablog.com

mochikichi.hatenablog.com